引用

私には、「全」か「無」かしかない。その間にグラデーションはない。自分に関わるものは、自分が思うものは、常に極端な世界に分かれていて、中間が存在しない。
それは例えば、私の場合恋人によく反映される。恋人は、私の精神状態によって「敵」か「味方」かに分かれる。私の考えに共感し、愛情を示してくれる時は 「味方」として安定した存在となるが、私の意見とそぐわない言動、また愛情を疑うような言動(それらはほとんどが私の被害妄想なのだが)をとると、一気に 「敵」になる。「何でそうなるのか」とか「彼自身の考え方」という思考回路がない。
中間(グレーゾーン)がないというのは、こういうことなんだと思う。自分と彼との距離感がつかめず、自己を確立出来ないから、「自分とは違う人間」として 相手の考えを理解出来ないし、そもそもしようとしない。自分と他者の境界が曖昧なので、彼を自分と切り離して考えることが出来ず、その相違を受け入れるこ とが出来ない。
だから、癇癪を起こす。違いに感情が耐えられないのだ。自分をこんなに苦しめるこの人は「敵」なんだということになる。そうやって自分では自分を守ってい ることになるのだが、相手にすれば、気に入らないからという理由だけで理不尽に怒りをぶつけられていると感じるだろう。納得の出来ない負の感情をぶつけら れるのは、本当にしんどいと思う。
さらに厄介なのは、じゃぁこうなんだね、こうすればいいんだねと譲歩のような形で相手が自分に沿った意見を言ってくれても、もうそれを受け入れることが出 来ない。一度噴き出した感情は、相手が何を言おうと納まらない。明らかに矛盾しているのに、相手は自分がそうして欲しいと望んだからそうしようとしてくれ ているのに、ひねくれてしまって受け入れられない。従って、相手はどちらに転んでも私の怒りをぶつけられる結果となる。どう言っても、自分は悪者。こう やって追い詰められるのだ。これを「操作する」というらしいが、まさにそうだと思った。無意識に、自分の感情をぶつけることによって相手の退路をなくし、 追い詰めているのだ。それが自分にとって良い結果にはならないとはわからずに。いずれ、離れていかれるとは知らずに。

0 件のコメント: